オピニオン

国会前デモには2万7000人。議員ボーナス319万円への怒り。

7月10日の夜、国会前に2万7000人が集まった。「めちゃくちゃな政治に抗議します」。全国136カ所で同時にデモが行われ、オンライン参加を含めると13万人規模になったとも報じられている。プラカードには改憲反対、国旗損壊罪反対、皇室典範改正への異論、いろんな言葉が並んでいたが、その中でひときわ拡散していたのが、地味だけど生々しいテーマだった議員の懐事情である。

きっかけは6月30日。野党がほぼ審議に応じない状態のまま、国会議員に期末手当、いわゆるボーナスが支給された。一般の議員で約319万円、議長は535万円。物価高でボーナスどころか賃上げの実感すらない人が大勢いる中で、「仕事をサボっているのに満額」という構図は、火がつきやすいテーマだ。

怒って当然な部分——審議拒否中の「満額支給」というタイミング

弁護士JPが議員秘書経験のある弁護士に取材した記事によれば、期末手当が6月と12月に支給されること自体、深い理由はなく単に公務員の給与形態を真似ただけらしい(弁護士JPニュース)。制度としては昔からあるものだ。

問題は中身より間(ま)だ。野党側は「与党が数の力で強行採決を重ねている」として本会議・委員会を欠席する戦術を取っていた。その渦中に、金額の見直しも延期もせず淡々と満額が振り込まれた。制度上は問題ないのだろう。でも国民の目から見れば、議場に来ない人にも同じだけ払われる仕組みが、この局面でわざわざ止められなかったことのほうが引っかかる。ここは制度論より感覚の話で、感覚のほうが正しいこともある。

同じ弁護士は「審議拒否も政治活動の一環で、議員は職務として国会内に待機している」と説明していた。理屈はわかる。だが、待機していることと、それが可視化されて国民に伝わることは別問題だ。説明責任を果たさないまま「職務の一環です」とだけ言われても、納得はしにくい。

「歳費5万円アップ」は、まだ決まっていない

一方で、X上でよく見る「議員の給料がまた5万円上がる」という話は、正確には少し違う。

発端は2025年11月、読売新聞が「首相・閣僚の給与上乗せ分を削減へ」という記事を出したことだった。この記事の中で背景として触れられた国会議員歳費の話が独り歩きし、「議員給与5万円アップ」という見出しでSNSに広がった。ところが日本維新の会・池下卓衆院議員が自身のブログで指摘した通り、この時点で政府・与党とも歳費を増額する決定はしていなかった(選挙ドットコム)。

背景にあるのは国会法35条だ。「議員は、一般職の国家公務員の最高の給与額より少なくない歳費を受ける」。つまり公務員の給与が人事院勧告で上がると、議員歳費もそれ以下にはできない、という下限規定にすぎない。上げろと命じているわけではなく、逆転を防いでいるだけの条文だ。

その後、2026年1月に与党は月5万円増の歳費法改正案をまとめた。ただしこの改正、次の国政選挙(2028年の参院選か、それより早い衆院選)までは実施しないという経過措置つきだ(日本経済新聞)。日本維新の会は「定数削減が実現する前に歳費を上げるのは筋が違う」として慎重論を唱え、その後の報道では据え置きの検討まで出ている(時事ドットコム)。要するに、7月13日時点で議員の月給が実際に5万円増えた事実はない。ここに関しては誤解が広まっているので、修正させていただく。

それでも残る、構造への違和感

じゃあ怒る必要はないのか、というとそれも違うだろう。

長期のデータを見ると、議員歳費と民間平均給与の倍率は2017年の4.4倍から2024年の4.0倍まで下がっている。物価が上がっても歳費が据え置かれてきたからだ(内閣官房・国税庁データ、前掲弁護士JPニュース)。数字だけ見れば、議員は「もらいすぎ」というより「上げにくい構造の中で我慢してきた」側面もある。増額すれば「お手盛り」と叩かれるから、自分たちで上げる決定を避け続けてきた、というのが実態に近い。

皮肉な話で第三者機関が客観的に決めれば、おそらく今より上がる。今の「批判されるのが怖くて上げられない」状態が、結果的に歳費を抑えてきた。だからといって、この仕組みのままでいいとは思わない。国民の不信の総量が減っていないからだ。

私が本当に問題だと思うのは、金額そのものより、説明のタイミングと順番だ。審議拒否のさなかに満額のボーナスが出る。減税は選挙前の公約なのに選挙後には慎重論に変わる。会期末が迫る中で複数の法案が抱き合わせで押し込まれる。これらが同じ数週間に重なって起きると、個々の制度説明が正しくても、積み重ねの印象は「自分たちのことは守り、国民には我慢を強いる」に固まってしまう。7月10日にあれだけの人数が集まった背景には、歳費一つの話ではなく、この「積み重ねへの疲労」があるのだろうと思う。

分けて怒るべきだ

「議員給与5万円アップ」という見出しへの怒りは、半分は正確な情報に基づいていない。実施はまだ先で、しかも下限規定にすぎない国会法35条の話と、与党が任意に打ち出した増額方針とを混同している面がある。ここは冷静に切り分けたほうがいい。

しかし、審議拒否中に満額のボーナスが淡々と支給されたタイミングへの違和感、そして歳費や報酬にまつわる意思決定プロセスの不透明さへの不信は、まっとうな怒りだ。制度の理屈を並べて「職務の一環です」と片付けるだけでは、この不信は消えない。むしろ増額するにせよ据え置くにせよ、なぜそう判断したのかを議員自身の言葉で説明する回数を増やすことのほうが、法律の条文を直すことより効くと思う。

怒りをまとめて一つの塊にすると、正確な批判も不正確な批判も同じ熱量で流れてしまう。それは政治不信を深めはするが、実際に制度を変える力にはなりにくい。何にどう怒るべきか、分けて考える。地味だけど、それが一番効く手ではないだろうか。

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この記事は筆者の意見を述べたオピニオンです。事実関係には出典を付しています。誤りが判明した場合は追記して訂正します。

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国会議員の歳費・期末手当をめぐる制度と、2025年以降の増額議論の経緯を中立的に整理して

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