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国旗損壊罪の「外国旗との不均衡」論は、法律を読み違えている

6月16日、自民・維新・国民民主・参政の4党が、国旗損壊罪を新設する法案を衆議院に共同提出した。日本の国旗を損壊・除去・汚損する行為を処罰する内容で、今国会での成立を目指している。SNSへの画像投稿は処罰対象に含めない形に修正された、と報じられている(日本経済新聞)。

先にこのブログで、同じ4党が出した国民投票法改正案について書いた。今回も顔ぶれは同じだ。だから「保守的な政策パッケージの一つ」として処理してもいいのだが、国旗損壊罪は他と少し性質が違う。賛否のどちら側に立つにしても、推進派が掲げる一番の根拠が、法律の読み違えの上に乗っているからだ。

先に私の立場を言っておく。私は、この法案は作るべきでないと考えている。国旗を侮辱されて不快に思う気持ちを否定したいのではない。そうではなく、この法案の中心的な論拠である「外国国旗との不均衡」が、刑法の条文を正確に読むと成り立たないからだ。理由を順に書く。

推進派の論拠は、ほぼ一点に集約されている

法案を推す側の説明は、つきつめると一つの不公平感に行き着く。「外国の国旗を傷つけると刑法で罰せられるのに、日本の国旗を傷つけても罰せられない。自国の旗が外国の旗より軽く扱われているのはおかしい」。これは2012年の旧法案のときも、2021年に再燃したときも、繰り返し語られてきた論点だ。直感的にはわかりやすい。だから街頭でもSNSでも刺さる。

確かに、刑法92条には「外国国章損壊罪」がある。条文はこうだ。外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊・除去・汚損した者は、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金に処する(刑法第92条/Wikibooks)。一方で、日本の国旗そのものを傷つける行為を直接罰する条文は、現行刑法にない。

数えてみれば、確かに「外国旗:保護あり、日本旗:保護なし」だ。これだけ見れば不均衡に見える。

だが、92条が守っているのは「旗」ではなく「国交」だ

ここで条文をもう一度よく読む。92条には、見落とされがちな仕掛けが二つある。

一つ目。この罪は「外国に対して侮辱を加える目的」がなければ成立しない。守ろうとしているのは旗そのものの尊厳ではなく、その先にある相手国との関係だ。

二つ目。この罪は、外国政府の請求がなければ起訴できない。 つまり、当の外国が「侮辱された、処罰してほしい」と日本政府に申し出て初めて刑事手続きが動く。被害者は「日本にいる誰か」ではなく「外国政府」なのだ。

ここから92条の本当の目的が見えてくる。これは日本と外国の円滑な国交を守るための規定であって、旗という布きれを神聖視して守る規定ではない。憲法学者の志田陽子は、この点を端的にこう指摘している。92条は「日本と外国の間の円滑な国交」を守るために定められたもので、この筋からは、日本国旗の損壊について定めがないのは当たり前だ、と(美術手帖)。

日本が自国の旗の損壊を罰しないのは、抜け落ちているのではない。外国旗を罰するのと自国旗を罰しないのは、そもそも保護している中身が違うから、両立して何の矛盾もない。外交関係というのは相手があって初めて壊れるものだが、自国の旗を自国民が燃やしても、それで日本とどこかの国の国交が壊れるわけではない。だから92条には入らない。当然だ。

つまり「92条があるのに日本旗の規定がないのは不均衡」という論は、別々の目的の条文を、保護対象の数だけ並べて比べている。長さの単位と重さの単位を並べて「片方しかないのは不公平だ」と言っているようなものだ。法案の一番の看板が、ここで折れる。

では本当の狙いは何か——「国家の名誉」だが、それは刑罰になじまない

92条との不均衡論が崩れると、推進派が本当に守りたいものが残る。国家の名誉、あるいは国旗に対して多くの国民が抱く尊重の念、といったものだ。法案の中心人物の一人もそう述べている(前掲・美術手帖)。

ここからは事実ではなく私の評価になる。私は、国家の名誉を刑罰で守ろうとする発想そのものに無理があると思う。

現行刑法にも侮辱罪や名誉毀損罪はある。だがそれは、生身の個人を守るための罪だ。傷つく人格があるから保護する。国家を個人と同じように人格化して、「傷ついたから罰する」という構造に乗せていいのか。旗が燃えても国家は転覆しない。本当に国家を実力で覆そうとする行為には、内乱罪という重い別の規定がすでにある。象徴の損壊と、象徴されるものの損壊を、同じ天秤に乗せるべきではない。

そして実務的にも危うい。法案が罰するのは「侮辱する目的」での損壊だとされる。だが「侮辱の目的」は外から推認されやすい。「こんな表現が侮辱的なのは本人もわかっていたはずだ、だから目的があった」という論法が取調べや裁判で通れば、歯止めはあっさり外れる。商業広告で旗を加工する、政府への抗議で旗を使う、芸術作品に旗を描き込んで燃やす——こうした表現まで、運用次第で射程に入りうる。これは2012年の旧法案に対して日弁連が出した懸念とほぼ同じだ。

反対派が向き合うべき、最も強い反論

ここまでで終わると、私もまた都合のいい相手だけ叩いていることになる。だから、推進派の一番強い反論を正面から置く。

「国旗冒涜を罰する民主主義国はいくつもある。アメリカが特殊なだけだ」——これは事実だ。アメリカは1989年のテキサス対ジョンソン判決で、国旗を燃やす行為も表現の自由だとして処罰を違憲とした。だがドイツは刑法90a条で国家・国旗への侮辱に最高3年の自由刑を定めているし、フランスやイタリアにも自国旗の侮辱・損壊を罰する制度がある。逆にイギリスやカナダには一般的な国旗損壊罪がない(JBpress)。

つまり「自由な国は国旗を罰しない」という単純化は成り立たない。表現の自由と国家の象徴性のバランスの取り方は、民主主義国の間でも割れている。日本がドイツ型を選ぶこと自体は、理屈の上ではありうる選択だ。ここは認めなければフェアではない。

その上で、なぜ私がそれでも反対するのか。

鍵は、ドイツが実際にどう運用しているかだ。ドイツでは、移民デモの参加者が国旗を改変した行為が、反イスラエル的な政策批判の象徴表現として無罪とされた一方、極右集会でナチス賛美の目的で旗を汚した行為には重い罰金が科された、と報じられている(前掲・JBpress)。同じ「旗を傷つける」行為でも、何のためにやったかで結論が真逆になっている。

これは、国旗冒涜罪が機能するには、その背後に「どの政治的文脈なら許され、どの文脈なら許されないか」を裁判所が踏み込んで判断する仕組みが要る、ということだ。ドイツにはナチズムという固有の歴史と、それを前提にした濃密な憲法判例の蓄積がある。日本にその受け皿があるとは思えない。むしろ条文だけ輸入すれば、「侮辱の目的」の認定が、その時々の世論や政権の感覚に流される恐れの方が大きい。輸入すべきは条文ではなく、その運用を支える司法の厚みのほうで、そちらは法案一本では手に入らない。

名誉を守りたいなら、別の道を選ぶべきだ

「最良の刑事政策は社会政策である」という古い法格言がある。国政への不満や国家への不信を、刑罰で押さえ込もうとしてはいけない、という戒めだ。

国の名誉は、旗を法で囲い込んで守れるものではない。国家が国民から尊重されるのは、国民の信託に応える仕事をしているときだ。物価高、円安、社会保障——いま国会に積み上がっている課題に答えを出すことのほうが、旗を一枚守る条文より、よほど国家の名誉になる。限られた会期を国旗損壊罪に割くこと自体が、優先順位の取り違えに見える。

もし旗の物理的な保護が本当に必要な場面があるなら、それは官公署に掲げられた旗の話だ。役所の旗を引きずり下ろして壊す行為なら、現行の器物損壊罪や公務執行妨害で対応できる。新しい罪はいらない。

だから私の結論はこうだ。国旗損壊罪は作るべきでない。「外国旗との不均衡」という看板を下ろし、それでも国の名誉を守りたいのであれば、推進派はまず一つの問いに答えてほしい。旗を燃やした国民を国家が刑務所に送る国と、旗を燃やしたくなるような不満を生まない国と、どちらが本当に名誉ある国家なのか。私は後者だと思う。

出典一覧


この記事は筆者の意見を述べたオピニオンです。事実関係には出典を付しています。誤りが判明した場合は追記して訂正します。

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