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円安は敵ではない。11兆円の介入より、日銀の正常化が本筋

この春、政府・日銀は約11.7兆円を投じて、ドルを売り円を買う為替介入に踏み切りました。金額だけ見れば巨大です。効果もありました。1ドル160円台だった相場は、一時155円台まで急落しています。ところが、それから1か月もたたないうちに、ドル円はまた160円台へ戻りました。11兆円を使って、相場はほぼ振り出しに帰ったわけです。

この一往復に、いまの円安をめぐる論争の答えが、ほとんど詰まっています。

円安がつらい、という実感は本物です

日本は食料もエネルギーも、その多くを輸入に頼っています。円が安くなれば、仕入れ値が上がる。スーパーの値札も、電気代も、ガソリンも上がる。第一生命経済研究所の試算では、2026年の物価上昇による家計負担は、一人あたり2.2万円、4人家族で8.9万円ほど増えると見込まれています。給料の伸びが追いつかなければ、暮らしは実際に苦しくなる。だから「政府は円を守れ、介入してでも円安を止めろ」という声が出るのは、当然です。この生活実感を、私はまったく軽く見ていません。

問題は、その気持ちを「介入」という手段に託していいのか、というところです。

介入は、効かないのではなく、続かないのです

介入への反論は、「効果がない」ではありません。効果はあります。11兆円をぶつければ、相場は数円動く。事実、動きました。正確に言うべきは、効果が続かない、ということです。

なぜ続かないのか。いまの円安の主因が、日米の金利差だからです。アメリカの金利が高く、日本の金利が低いままなら、お金は利回りの高いドルへ流れ続けます。この根っこの流れを止めない限り、介入でいったん円を押し上げても、水位はまた元へ戻る。この春の一往復が、それを実地で証明しました。市場では、160円台の円安を政府が容認しないという見方から介入警戒が強く、162円を超えると実弾介入のリスクが跳ね上がる、と語られています。つまり相場は、政策の本気度ではなく、「どこで介入が来るか」という水準当てゲームになっている。これは、健全な状態とは言えません。

そして介入の原資は、天から降ってくるお金ではありません。外貨準備という、国民の資産です。それを取り崩して数円の一時的な円高を買い、1か月で消える。11兆円で買った時間の短さを思えば、費用対効果を問われて当然です。介入は、火事の煙を扇いで一瞬散らすようなもので、火元を消してはいません。

火元は金融政策であり、正攻法は利上げと考える

では火元をどうするか。金利差が主因なら、正攻法は一つしかありません。日銀が利上げを進め、金融政策を平時へ戻していくことです。

日銀の植田総裁は、昨年末に金融政策の運営方針をめぐる認識を示し、市場ではおおむね半年に1回のペースで利上げが進むと見られています。具体的には2026年7月、2027年1月、2027年7月に、それぞれ0.25%ずつ、という予想です。この、派手さのない一歩ずつの歩みこそが、実は円安への一番効く処方箋だと私は考えます。為替を直接いじるのではなく、金利差そのものを少しずつ縮める。効果は地味で、遅い。でも、介入と違って続きます。

もちろん、利上げには反対の理屈もあります。急げば景気を冷やし、住宅ローンの負担を増やし、巨額の国債の利払いを膨らませる。これは本物の副作用です。だからこそ、乱暴な引き上げではなく、賃上げと物価の関係を見ながらの、慎重な正常化でなければなりません。ここで大事なのが賃金です。2026年は、賃金上昇率2.5%に対し物価上昇率2%程度で、実質賃金がプラスに転じるという見通しが出ています。あくまで予測ですが、もしこの「賃金が物価を上回る」流れが定着すれば、多少の円安と輸入物価は、上がった賃金で受け止められる。円安に強い家計は、介入ではなく、賃上げがつくります。

では円安に対して政府が取るべき行動は?

もう一つ、踏み込んで言っておきたいことがあります。円安は、それ自体がそこまで悪なのでしょうか。

円が安ければ、輸出企業は稼ぎやすくなります。海外からの旅行者は増え、地方の観光地や飲食にお金が落ちます。国内で作ったほうが安くなるなら、工場を日本へ戻す動きも出てくる。円安には、こうした追い風の面が確かにあります。問題は円安という現象ではなく、そのメリットが一部の輸出大企業やインバウンド関連にとどまり、輸入物価という逆風だけが家計に直撃する、その「配り方の偏り」のほうです。

だとすれば、政府がやるべきは、円安を力ずくで止めることではありません。円安のメリットを、もっと広く家計へ回す仕組みをつくることです。国内回帰を促す産業政策、エネルギーの安定供給でガス・電気代の上振れを抑えること、そして何より、企業が賃上げを続けられる環境を整えること。介入で為替を数円動かすより、こちらのほうがずっと地に足がついています。

会期末を前に、注文を一つ

いま国会は別の話題で揺れていますが、家計にとって円安と物価高は、通奏低音のように続く問題です。だからこそ、政策の見せ方に注文をつけておきます。

「○兆円の介入を実施した」という発表は、いかにも仕事をしている感じがして、見出しにもなります。でも、介入額の大きさは、成果の大きさではありません。11.7兆円を投じて1か月で戻った、という事実を、私たちは忘れないほうがいい。次に大型介入のニュースを見たら、拍手する前に一度立ち止まって、火元である金利差に手を打っているかを確かめてください。

やるべきことは、派手な介入ではなく、地味な三つの積み重ねです。日銀は市場と対話しながら利上げによる正常化を淡々と進めること。政府はバラマキ的な補助の常態化ではなく、賃上げと生産性、エネルギーの安定に金を使うこと。そして、円安のメリットを輸出大企業だけでなく家計まで届く形に設計し直すこと。為替のニュースに一喜一憂するのをやめて、この三つが進んでいるかどうかで政権を採点する。それが、11兆円を溶かさずに済ませる、いちばん確かな道だと思います。


出典

※本記事のうち、介入規模・相場水準・利上げ見通し・家計負担の試算は、上記の報道および各研究機関のレポートにもとづく事実または各機関の予測です。「介入より正常化が本筋」「円安は悪ではない」といった評価・提言は筆者の意見です。相場や政策は日々動くため、投資判断は最新の情報にもとづいてご自身で行ってください。

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