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高齢者医療の窓口負担は、年齢ではなく「支払える力」で決めるべきだ。7.1兆円という現役世代の限界

いま何が争われているのか

財政制度等審議会が2026年4月28日、高齢者の医療費の窓口負担について、原則3割への引き上げに向けた「制度改革の工程表を2026年度内に作成すべきだ」と提言しました(日本経済新聞)。

いまの仕組みを確認しておきます。75歳以上の後期高齢者は、原則1割負担です。2022年10月から、一定以上の所得がある人は1割から2割へ引き上げられ、現役並みの所得がある人は3割を負担しています(厚生労働省)。つまり75歳を超えると、現役世代と同じ病気で同じ治療を受けても、窓口で払う割合は原則として3分の1で済む。ここに一本、太い線が引かれています。

この線を、年齢ではなく所得で引き直そう、というのが今回の話です。自民党と日本維新の会が2025年10月に交わした連立政権合意書にも、「年齢によらない真に公平な応能負担の実現」が明記されています。

数字を一つだけ、覚えてください

反対論に入る前に、この議論の土台になる数字を置きます。7.1兆円です。

後期高齢者医療制度のお金は、およそ公費5割、現役世代からの支援金4割、高齢者本人の保険料1割、という比率で成り立っています。高齢者本人が払う保険料は、給付費の1割に届きません(堺市)。

その「現役世代からの支援金」が、2023年度に7兆1059億円まで膨らみました。前年度から6.1%増え、3年連続で過去最高を更新しています(日本経済新聞)。会社員の給与明細から天引きされる健康保険料の一部が、そのまま高齢者医療への「仕送り」に回っている。この仕送りが、毎年増え続けているわけです。

ここで思い出してほしいことがあります。同じ政府が先月、最低賃金の全国平均1500円という目標の達成時期を、「2020年代」から「2030年代前半のできるかぎり早期」へ実質的に先送りしました。2025年度の全国加重平均は1121円です(日本経済新聞)。手取りを増やす約束は先へ延び、天引きされる仕送りは過去最高を更新する。現役世代から見れば、入口を細くされて出口を太くされているようなものです。「現役世代がもたない」という声が出るのは、感情論ではなく算数の話だと思います。

いちばん強い反対論から見る

とはいえ、「3割負担へ」という言葉が冷たく響くのは事実です。反対論を、いちばん強い形で置いてみます。

第一に、高齢者の多くは所得が低く、年金と貯蓄の取り崩しで暮らしています。そして75歳を超えれば、通院も服薬も現役世代より格段に増える。使う量が多い人ほど負担割合を上げれば、家計に効く打撃は現役世代の比ではありません。

第二に、そして私はこれが最も重い反論だと思うのですが、窓口負担を上げると「受診控え」が起きる、という懸念です。お金を惜しんで通院をやめた人が、手遅れになって重症で運ばれてくる。結局、入院医療費がかさんで、社会全体では医療費がかえって増えるかもしれない。負担を上げたのに支出が減らない、という最悪の結果すらありうる。

この二つは、藁人形ではありません。実際に検討の場でも慎重論の中心にある、筋の通った反論です。

それでも、線を引き直すべき理由

その上で、なぜ私が改革を進めるべきだと考えるかを述べます。

反対論の第一点、「高齢者は低所得だから」への答えは、実は改革案そのものの中にあります。今回目指されているのは、全員を一律3割にすることではありません。「年齢ではなく負担能力に応じて」という設計です。だから低所得の高齢者は1割のまま据え置き、負担を求めるのは支払う力のある層に限る、という制度設計が前提になります。「高齢者いじめ」という括りは、この応能という肝心の一語を落としています。批判すべきは「3割」という数字ではなく、線引きの基準をいくらに置くか、という具体の設計であるはずです。

むしろ不公平なのは、いまの年齢一本の線のほうです。年収の少ない30代の会社員が3割を払い、その人より金融資産を持つ75歳が1割で済む。同じ医療に対して、支払える力ではなく生年月日で負担が変わる。これを「弱者を守る仕組み」と呼ぶのは無理があります。守られているのは弱者ではなく、たまたま高齢という属性を持つ人の中の、支払う力がある層まで含まれてしまっている。応能負担への切り替えは、高齢者を狙い撃ちにする話ではなく、この属性による線引きをやめて所得の線に一本化する話です。

反対論の第二点、受診控えについては、正直に書きます。これは軽く扱ってよい論点ではありません。だからこそ、負担割合を動かすときは、高額療養費制度による月ごとの上限や、低所得層への配慮措置を同時に、しかも先に設計する必要があります。2022年に2割負担を導入したときも、外来の急な増加をやわらげる配慮措置が置かれました。順番を間違えなければ、負担能力のある層への応能負担と、必要な受診の確保は両立できます。受診控えの懸念は「だから何もするな」の理由ではなく、「だから設計を丁寧にやれ」の理由です。

先送りは、優しさではありません

ここで一つ、逆説を書きます。改革をためらうことは、高齢者に優しいように見えて、実はそうではありません。

現役世代への仕送りが毎年膨らみ続ける今の構造を放置すれば、支えている側の保険料はさらに上がり、手取りはさらに削られます。支え手が細れば、制度そのものが立ち行かなくなる。そのときに真っ先に削られるのは、いちばん医療を必要とする高齢者への給付です。制度を長く保たせることこそ、結局は高齢者を守る。だから「いまは高齢者に配慮して先送り」という発想は、10年後の高齢者への配慮とぶつかります。

先送りには、もう一つ罠があります。「2030年代前半のできるかぎり早期」のような、誰も責任を負わない期限です。最低賃金でまさにこの言葉が使われました。工程表を2026年度内に、と財政審が期限を切ったのは、この逃げ道を塞ぐためだと私は理解しています。

では、何をすべきか

年齢という線を、所得という線に引き直す。これが今回の核心です。具体的には、三つを同時に進めるべきです。

一つ、工程表は財政審の求めどおり2026年度内に作り、「できるかぎり早期」のような曖昧な期限で薄めないこと。二つ、負担を上げるのは支払う力のある層に限り、低所得の高齢者は1割を維持すると法文で明確にすること。三つ、高額療養費の上限と配慮措置を、負担割合の変更より先に設計し、受診控えを制度で防ぐこと。この順番を守るなら、「弱者いじめ」という批判は当たらなくなります。

同じ所得なら、同じ負担。75歳の誕生日で医療費の負担が3分の1になる今の仕組みは、優しさの制度ではなく、たまたま逃げ切れる世代とそうでない世代を分ける制度です。その線を引き直すのに、これ以上の先送りは要りません。


補足:立場の異なる見方

本記事は応能負担への移行を支持する立場で書いています。公平を期すため、反対の立場が重視する論点も改めて挙げておきます。窓口負担の引き上げは所得だけでは測れない医療必要度の高い高齢者に実質的な受診抑制を生むという指摘、「負担能力」の線引き基準しだいで中間層の高齢者まで対象が広がりうるという懸念、そして高齢期の医療は本人の努力で減らせるものではなく世代間の支え合いの理念こそ守るべきだという反論があります。工程表の中身、とりわけ2割・3割の所得ラインをどこに置くかが、この改革の評価を最終的に決めます。

主な出典

  • 財政制度等審議会の提言(原則3割への工程表を2026年度内に):日本経済新聞
  • 現在の窓口負担割合(1割・2割・3割)と2022年10月の見直し:厚生労働省
  • 後期高齢者医療制度の財源構成(公費5割・支援金4割・保険料1割):堺市
  • 現役世代の負担7兆1059億円、3年連続で過去最高(2023年度):日本経済新聞
  • 最低賃金1500円の達成時期先送り、2025年度は全国平均1121円:日本経済新聞

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